DSC_1874_2-2.jpg 湯野神社の鳥居左手にある「砂の器」記念碑(石碑の題字は松本清張氏による揮毫)

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小説「砂の器」の方言校正

 松本清張原作の小説「砂の器」は、昭和35年5月から36年4月まで読売新聞夕刊に連載された長編推理小説ですが、当地、亀嵩が舞台の一つになっています。

 当時の営業日誌を紐解きますと、昭和35年9月1日付けで「松本清張の推理小説の舞台。亀嵩となる。『砂の器。』」という記述があります。また、同9月6日付けで「 社長、専務出松 砂の器原稿訂正の件」とあります。伝え聞くところでは、読売新聞社の松江支社より小説に使われる方言の校正依頼があり、当時の社長(若槻健吉)と専務(山根勇吉)が松江まで出向き、方言校正について打合せをし、大体1週間位かけて校正を行ったようです。

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※画像をクリックすると拡大表示されます。

映画「砂の器」ロケ


  昭和49年には野村芳太郎監督、丹波哲朗、加藤剛、緒形拳他の出演で映画化されているのは周知の通りですが。前出の営業日誌によれば、亀嵩での撮影は昭和49年8月23日から始まったという記述があります。亀嵩地区内では湯野神社で三木巡査が秀夫親子を見つけるシーン、桐原老人のシーンなどが撮影されました。また、ロケ隊一行は (現・奥出雲町)三成にある曽田旅館に宿を取ったのですが、折しも滞在中に地元の夏祭りの時期と重なり、俳優陣は当家の家で酒を酌み交わすなど、ささやかな交流があったようです。

 桐原老人のシーンでは、当時の弊社相談役(若槻卯吉)宅が撮影場所となりましたが、これには一つ逸話が残っています。映画の撮影に自宅の茶室が使われることが決まったことを受けて、若槻家では茶屋の屋根を修築したそうです。ところが、ロケ隊が到着後、茶室が当初の雰囲気と全然違って映画に使えないという話になり、その茶室でのシーンは急遽取り止めになったそうです。

テレビ「砂の器」仲代達矢版


 昭和52年の8月、仲代達矢を今西刑事役に迎えたテレビ版「砂の器」の撮影が亀嵩でありました。

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(文中敬称略)

メディア紹介

今年2009年は、松本清張氏生誕100年ということで、各地でこれを記念するイベントが開かれたり、刊行物が出るようです。弊社にも各方面から取材、問い合わせ等を頂いておりますので以下に紹介させて頂きます。

世田谷文学館

 東京の世田谷文学館(世田谷区南烏山1-10-10)に於いて、2009年4月11日から6月7日まで松本清張生誕100年記念プロジェクトの一環として「松本清張展」が開催されています。
 同館より弊社に出品依頼があり、営業日誌(注1)と松本清張氏からの書簡(注2)を展示品として出品しております。

(注1)昭和35年9月1日及び同9月6日付けで「亀嵩訛り」の方言校正に関する記述があります弊社の営業日誌。
(注2)昭和58年10月に行われた「小説砂の器 舞台の地」記念碑除幕式に先立って同年3月に松本清張氏が来訪された後、弊社社長(若槻慎治)に宛てられた書簡。

リンク:世田谷文学館

「旅の手帖」

tabi0905.jpg交通新聞社発行の「旅の手帖2009年5月号」に「生誕100年 作家と作品のふるさとを訪ねて 拝啓 松本清張様」という特集が組まれており、82ページ、83ページに弊社が紹介されています。

リンク:旅の手帖

「週刊 松本清張」創刊。第2号は「砂の器」特集

msc.jpg10月13日に株式会社 デアゴスティーニ・ジャパンより「週刊 松本清張」が創刊されました。来る10月27日には第2号として「砂の器」が発売されます。
弊社では「砂の器」号の発刊に先立ち、松本清張氏とのエピソードに関する取材を受け、写真の提供も致しました。
「砂の器」号を手にされましたら、是非11ページ、20ページ、裏表紙をご覧下さい。

リンク:週刊 松本清張 DeAGOSTINI デアゴスティーニ・ジャパン

郷原編集長のインタビュー記事(もっと!J-CAST)

新潮社発行『旅』2010年1月号、別冊・特別付録「松本清張 旅ブック」

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tabi201001.jpg新潮社発行『旅』2010年1月号、別冊・特別付録「松本清張 旅ブック」に弊社社長が語る故松本清張氏とのエピソードが掲載されてます。

リンク:新潮社『旅』2010年1月号

なお、同24ページに掲載されている写真のキャプションに「若月家の茶室」とありますが、これは「若槻家の茶室」の誤りですね。